大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)73号 判決 1997年4月24日

東京都世田谷区若林二丁目二一番一二号

上告人

相原精太

右訴訟代理人弁護士

佐藤泉

中川康生

大阪府泉南市新家二五三五番地の一

被上告人

三谷繊維工業株式会社

右代表者代表取締役

中谷繁樹

同和泉市寺門町一丁目八番七号

被上告人

藤田紡績株式会社

右代表者代表取締役

藤田定三

右両名訴訟代理人弁護士

梅本弘

片井輝夫

池田佳史

川村和久

右輔佐人弁理士

杉本勝徳

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第二四七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年一月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤泉、同中川康生の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件考案が進歩性を欠くとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成七年(行ツ)第七三号 上告人 相原精太)

上告代理人佐藤泉、同中川康生の上告理由

一、 原判決は、本件考案の要旨について「梳綿工程から紡出され、無数の単繊維を平行状に緩く集め、長手方向に連続した化学合成繊維を含む混紡スライバー2、3を紐状に複数引き揃えた併合篠4で、指部6、手部5及び手首部7を連編して成るスライバー編成手袋」であると認定(原判決14頁、第6 当裁判所の判断 1 第一センテンス)し、第1引用例(甲第3号証)、第2引用例(甲第4号証)、第3引用例(甲第5号証)を先行技術として認定したうえで、第1~3引用例に接した当業者が、特に第1引用例を基礎としてスライバー手袋を編成しようとすることは、ごく普通に考えうることである(原判決17頁、第6 当裁判所の判断 1 最終センテンス)と判断している。しかし、右判断は、実用新案法第三条第二項の法令に違反した解釈であり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある。

原判決において認定された事実、及び当事者間に争いのない事実がら判断すれば、本件考案に進歩性があることは明らかである。以下、その理由を詳論する。

二、進歩性判断の方法

特許庁は、平成五年六月に発表した、「特許・実用新案審査基準」(社団法人発明協会発行)の中で、進歩性の判断基準について、以下のように述べている。

「進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握したうえで、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけにより行なう。

論理づけは、請求項に係る発明と引用発明を対比して構成の一致点・相違点を明らかにしたうえで、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容に、請求項に係る発明に対して起因ないし契機(動機づけ)となり得るものがあるかどうかを主要観点とし、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として引用発明と比較した有利な効果を参酌することにより行なう。

その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。」

すなわち、進歩性の有無を判断するためには、

1、本件考案の構成

2、引用例の構成

3、引用例と本件考案の対比

4、出願時の技術水準を前提に、引用発明や他の引用発明の内容に、本件考案に対して動機づけとなりうるものがあるか

5、本件考案に、引用発明と比較して有利な効果があるか

の各点を考慮し、進歩性の有無を判断すべきである。

三、本件考案の構成が、

「梳綿工程から紡出され、無数の単繊維を平行状に緩く集め、長手方向に連続した化学合成繊維を含む混紡スライバー2、3を紐状に複数引き揃えた併合篠4で、指部6、手部5及び手首部7を連編して成るスライバー編成手袋」

であることは、当事者間に争いがない。

四、引用例1の構成が

「綿絲紡績の工程中梳綿以後精紡以前の間に於て紡機より得たる綿篠乃ち「スライバー」を一本又は数本を用い、之を適宜に形體を保たしめつつ、編成したる「メリヤス」の構造」

であることも、当事者間に争いがない。

また、右構成のうち

1 「スライバー」とは、混紡スライバーではなく、綿スライバーである点、

2 「適宜に形體を保たしめつつ」という技術について、請求の範囲に全く具体的な技術内容の開示がなく、作用効果の欄に於ても「特殊の工夫により編綴し」とあるだけで具体的技術の開示が全くない点、

3 引用例1の公告実用新案公報の作用効果に於て、

「第一綿線には撚りを加えて」とあり、編成する具体的な方法として撚りを加えることが前提であると解釈される点、

は証拠上(甲第三号証)明らかである。

五、引用例と本件考案の対比

引用例1は、本件考案との対比が不可能な程に、構成が不明確、不十分であり、引用例として斟酌すること自体が不適切である。以下、詳論する。

引用例1の構成要件であるスライバーは、混紡スライバーではなく、綿スライバーである。綿は、繊維の長さが短く、そのスライバーは、それ自体で編成することができないのは常識である。したがって、引用例1においては、編成方法の技術内容が、本件考案との対比の対象である。

ところが、引用例1には、比較の対象となるべき技術の開示が全く存在しない。すなわち、引用例1は、「綿スライバーでメリヤスを編成したい」という願望を記述しただけの記載であり、「どうやれば綿スライバーでメリヤスが編成できるか」という発明・考案は全く記載されていないのである。これは、まるで「鉄でメリヤスを編成する」と同じ程度に、抽象的かつ漠然とした記述である。

このように、抽象的かつ漠然とした引用例に先例としての価値を認めることは、実用新案法に違反する。実用新案法は、発明者に一定の要件を備えた発明に対する独占権を与えることによって、発明に対する努力を保護するとともに、技術の進歩を促進させることを目的とするものである。それにもかかわらず、具体的な技術を何ら開示せず、結果の願望だけを記載した記述を先例として認めれば、具体的技術を発明したものの努力は完全に否定されてしまう。

さらに、引用例1の「適宜に形體を保たしめつつ」「特殊の工夫により編綴し」という記載が、仮に、一本は撚りを加えたもの、すなわち糸である、と解釈することが可能であるとすれば、これは、本件考案の複数の混紡スライバーだけで編成する考案と、「綿」と「混紡」の点が異なるだけでなく、「スライバーに糸を加えて編成する」という点で全く異なるものである。

六、引用例等の本件考案に対する動機づけの有無

本件考案の要素は

「化学合成繊維を含む混紡スライバーを紐状に複数引き揃えた併合篠で、手袋を編成する」

という点にある。

混紡スライバーが、本件出願時において周知であることは、当事者間に争いがない。しかし、周知のものの組み合わせ方についても、特許又は実用新案が成立しうることは当然であるから、その組み合わせ方法、取捨選択にについて、動機づつけがあるかが問題とされなければならない。

そして、本件考案が、「スライバー自体で直接編物を編成する」という課題に対する技術発明として、「混紡スライバーを使用する」「複数引き揃える」「手袋編成に限定する」という考案であることを考えれば、これと共通の課題を持ち、かつその課題を解決する具体的なかつ類似した技術を提供した引用例が指摘されなければならない。

引用例1は、その技術内容の開示があまりにも不完全であり、動機づけの基礎となることは不可能である。また、引用例1は、技術内容の開示が不完全なだけでなく、どのように技術内容を補完しても実施不可能な発明である。なぜならば、綿スライバーは張力が極めて弱く、それ自体で編機又は織機に導くことが不可能であるからだ。したがって、引用例一の出願時においてだけではなく、本件考案の出願時においても、綿スライバーでメリヤスを編成することは、不可能であった。これは、いかに編機の技術が進んでも、全く変わっていない。すなわち、引用例1自体が、実現可能性のない願望をを示したものであり、そのようなものを基礎に、動機づけがあった、などと判断することは実用新案法の趣旨に反する。

引用例2及び3は、スライバー自体で編成することが不可能なことを前提に、可溶性の糸を繊維束に結合させて複合糸を製造し、この複合糸で、編織物を製造したうえで、可溶性の糸を除去する技術である。したがって、スライバー自体で編成するという共通の課題、機能、作用効果は全く存在しない。このことは、引用例1に接した当業者であっても、スライバー自体で編成するという発想を諦めていたことを示すものである。

本件考案がいかに独創的であるか、という事実は、「特紡糸」という特殊な糸を製造する工程で得られる特紡の混紡スライバーに着目して、この混紡スライバーを使用すれば、スライバー自体で編成することができる、しかも対象が手袋であれば、対象が小さいために編機のうえでスライバーが切れてしまうというトラブルが比較的少なく、大量生産ができる、という点に着目した点である。

本件考案が「特紡」工程への着目から生れたものであることは、考案の詳細な説明1欄最終行から二欄二行目までの「そこで、本考案者は、鋭意研究の結果、カードに供給する材料を綿、絹、毛、化学繊維、スフ等を総合した屑繊維とすることによって・・・」という部分に端的に示されている。また特紡工程から得られる混紡スライバーの特性については、第二欄一七行目以下「このように構成されたスライバーは、特紡糸のため、その実体は摩擦係数の異なるもの、繊維の太細、縮んだ繊維、ランダム状の繊維等の屑繊維が入り組み、静電気による結束力と相まって、繋りを強くし、張力を増大させるとともに、複数引き揃えた併合篠によって、さらにその張力を増す。」と詳細に説明されている。

特紡の工程は、乙第五号証「現代繊維辞典」の「特紡織物」「特紡機」「特紡糸」の欄に詳しいが、その特徴は、屑繊維を混入した混紡原料により、コンデンサー付きのカード機械を使用することにある。また、その具体的工程は、乙第一八号証に示されている。このような特紡の工程から得られる混紡スライバーは、乙引用例1が素材としている綿スライバーに比較して、格段に張力が増している。本件考案出願人である上告人は、作業用手袋の製造および販売に対する豊富な経験から、このような混紡スライバーであれば、手袋の編成をすることが可能ではないかと着目し、試行錯誤の結果、この編成に成功したのである。

なお、原判決は、編機の性能が上がったことによって、たまたまスライバーで手袋が編めるようになったのであり、独創性はないと考えたようであるが、これは大きな誤解である。被上告人は、いつごろ、どのように編機の性能が上がったか、又それによりスライバーによる手袋編成がどの程度可能になったかについて、全く主張していない。一般に機械の性能が上がっているのは当前であり、それが本件発明とどのように関連しているかの主張がないのである。手袋の自動編機が普及し、性能が急速に変化したのは約三〇年も前であり、本件考案の出願時に特に技術の変化があったわけではない。またどんなに機械の性能が上がっても、綿スライバーでは手袋を編成することが不可能なことは、全く変わっていない。したがって、編機の性能が上がったことは、本件考案の容易想到性とは、全く関連がないのである。

七、本件考案の特別な効果の存在

本件考案は、引用例1~3に比較して、極めて重要な特別の効果が存在する。

本件考案の最大の効果は、手袋の製造コストを大幅に下げた点にある。これについて原判決は、引用例1と同じであると述べている。しかし、引用例1は、不可能な技術であるから、効果を比較することも不可能である。

引用例2及び3は、いずれも、糸で編織物を製造した後、その一部を溶解させて繊維束を残す方法であり、従来技術である糸によって編成した手袋よりも、更に数倍のコストがかかるものであることは明らかである。

引用例2及び3は、スライバーの風合いを残した編織物を製造するためには、通常の糸による編織物よりもはるかに複雑な工程、及び高額のコストが必要であると当業者が考えていたことを、極めて明らかにしている。

本件考案は、「化学合成繊維を含む混紡スライバーを紐状に複数引き揃えた併合篠で、手袋を編成する」という方法により、このような常識を覆したものであり、顕著な進歩性が存在することは明らかである。

八、むすび

優れた考案とは、だれもが気が付かなかったが、言われてみれば単純な発想で、実施が容易であり、かつ従来製品とは異なる大きな効果のある考案である。

そして、このような考案にこそ、進歩性が認められなければならない。

本件考案は、まさしく、このような優れた考案であり、このような考案に対する進歩性が認められなければ、実用新案法を持つ意味がないといえる。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例